ADMIN TITLE LIST
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


4/24
起きて、アゴラへ。10分遅れる。
うーん、あの量でこの酒の残りか。

勤務。そこそこ働く。

で、勤務後、森下スタジオへ。
Theater Garasi from Indonesia
『ワクトゥ・バトゥ~百代の過客~』 Waktu Batu #3
観劇。

素晴らしかった。自分の状態としても見るタイミングも良かった。

内容は、歌あり、ダンスあり、映像あり。
演劇に興味の無い人には、なんか芸術っぽいね、でも何か良かった。って言う感じだろう。
演劇に興味のある人でも、同じ様な感想を持つ人もいるかもしれない。
でも、それではいけないと思う。
これを見てどのチャンネルも合わせられない、というのはまずいだろう。

自分も映像を最近芝居で良く使うし、そういうのを嫌う人もいる。
今日の作品も、詰め込みすぎ、と1行レビューに書いている人が居た。
演劇に興味の無い人は、こういう演劇もあるんだ、とか、演劇っていうかアートとかダンスみたいだね、と言うだろう。

いやいや、これが、演劇なのです。
でも、普通の演劇じゃ無いよね、という人もいるだろう。
いやいや、これが、普通の演劇なのです。

それくらい、日本での演劇を取り巻く環境は、遅れていて、不幸なんだと思う。

じゃあ普通の演劇と言われているものは何かっていったら、かつて演劇だった物と呼んでもいいものが多いんじゃなかろうか。SHOWとかでもいいけど。

まぁロックと同じような事がおきています。
ちょっと演劇をロックにたとえてみます。

ロックが、その時代に反発した音楽であるのならば、ロックが意味する音楽は、時代と共に変わっていくはず。
しかしまぁそこまで理論どおりに行かないので、とりあえず、70年代の音楽に、ジャンルとして多くの場合ロックという意味があてられていて、まぁ現在もロックはあるけども、音楽のジャンルとしては成り立たない言葉にはなっているんじゃないか?

しかし、何か刺激的な例えば新しい音楽を聞いた時、ロックだ!という感覚はある。
実はロックは死んではいない、感覚として生き残っている。
もはやジャンルの名前ではない。
好きな音楽は?と聞かれたら、
「ロック」ではなく「ロックな音楽」と言うのが正解。
しかし、それが伝わるのは一部の、ロックの運命を知っている人たちだけである。
多くの人は、「ロックな音楽」という言葉からは例えば「エレキギターを弾く内田裕也」を想像するだろう。
本当は「如雨露を吹く議員秘書」とかを想像すべきなのに。

ちょっと例えられてきたっぽいか?
ので、演劇も、内田裕也ではなく、如雨露吹きであるわけです。
じゃあ内田裕也のやっている音楽はロックじゃないのか?というと、
人としてはある意味ロックだが、ロックと言う響きの持っているジャンルのイメージの音楽だろう。
ロックのシニフィアンってことか。

ので、ので、前述した普通の演劇と言うのは、演劇というイメージの催し物。ということだ。

ではロックがジャンルを表さなくなったなら、演劇はどうなったのか?
演劇は、未だにジャンルの呼称ではある。
じゃあ映像とかダンスとか歌とかあるのに、何が演劇なのか、っていうと、それは当然、劇を演じれば演劇である。
正確には、劇を、演じている、芸術(表現)を演劇と呼ぶ。
劇を演じる為には映像も音楽も使って良いんじゃないかね。
ので、もともと間口が広いジャンルなんです。
まぁでも感覚としての「演劇」というのもある。

今日俺が強く感じたのはそこです。

多分でも、ちょっと強引な話だと思うだろう。
ロックの話はわかるけど、本来の意味での演劇って、つうじないよ、と。
それは、ロックの方が浸透してるからで、そこが演劇の不幸さじゃないかね。

普通の演劇は、僕は芸術だと思わない物が多いので、本来の意味での演劇だとは思わない。

じゃああんたはお客さんが観て、普通に感動して満足してるのに、いや、あんた観てんのは演劇じゃないよ、と言うのか、というと、そうです、もちろんそのとおりです、言いたい。
通じないけど。

通じなきゃダメだろ、というのもその通り。
が、しかしだね、例えば、作り手がそれを言ってはおしまいだと思う。
お客さんが求めてる、とか言ったりすると、もう本当にうんざりする。
日本の観客のレベルの低さは、完全に作り手の責任だと思っている。
極端に言えば、絵画を描いても、笑えないし稲中のほうが面白いよ。と言われるのに近い。
だからって稲中を書いてもなぁ。

演劇のシステムと、日本のシステムからして、これはなるべくしてなったと思うけども、恐らく一昔前は、まだ大丈夫だったと思う。
しかしこの10何年間で、ダメになったんだよな。
なぜダメになったのかはまたの機会に。
でも、ここ数年の動きは、確実に何かを期待させるとも言っておく。
観客については、先日しのぶさんと話してとても良い話を聞けた。嬉しかった。
その辺もあるし、しのぶさんと同じ期待をもっている。

さて、そうすると、演劇は、前衛であるべきなのか?という話にもなるだろうけども、当然そのとおりだ。
前衛じゃなければ芸術とは言わないだろ。
前衛と言うとまたイメージがずれるが、芸術が前衛でなかった事なんて無いだろ。
前衛や、実験と言う言葉が芸術において使われる場合、なんだか無責任な感じがするが、芸術家が自分がまだ見たり聞いたりした事無いものを創ろうとすることは当然だろ、違ったら困る。

あと、人々を感動させる、とかいう点だが、人々が感動する物が芸術であり、良いものなんじゃなくて、いい芸術にも人は感動するってだけだろ。いい話で泣く事だけが感動するという事でもなかろうに。

この前のアンケートで、感情が動かされたと言う意味で感動した、と言うような事を書いてくれた人がいて、ものすごく嬉しかった。

完全に垂れ流しの文章になってきたが、今日は備忘録的に書いているのでご勘弁下さい。

最初の方にも書いたが、今日の芝居に、批判するにしても、どのチャンネルも合わせられない作り手は、早いところ演劇なんて辞めて芸能人を目指した方がいいと思う。
いずれ富と名誉に負けるだろう。それか自分が演劇に拘っていない事を自覚した方が良いんじゃないかな。
余計なお世話だろうが、僕は演劇を取り巻く環境に不満があるので。
そんなんで演劇とか言われると、こっちの身が危ういんで。

あ、あと、まぁ、これは別に完全に自分の事だが、もはや、なぜ、日本語を使って、日本人を使って、多くの観客に言葉で意味をわからせる方法で、演劇をするのか、という事の理由を明確に言えないといけないな。
これは偶然前回の手法と被った考え方だけども、それはもちろんあの芝居を作るときにも頭をよぎった事だが、今日の芝居を見て、確信に変わった気がする。

別に毎回同じ手法をする必要も無いし「別」の手法を毎回使う訳ではないが、もし現代口語での日常のコミュニケーションを使って芝居を作るなら、それは最早明確な理由がないといけないだろう。

今想像する限りでは、今の日本の演劇のエッジはその当たりにあるんじゃないだろうか。
無いのか?もうもっと先に進んでるのか?

あーちょっとまぁクールダウンしよう。
外出もしなきゃいけないので今日はここまで。

とりあえず、今日の芝居は観るタイミングは相当良かった。
明日から稽古だし。逆に悪かったのかもしれないけど。

素晴らしい作品を観る機会を作ってくれたク・ナウカと素晴らしかったガラシに感謝。
感動した。

アフタートークで聞いたんだけど、インドネシアの演劇は、声に出す台詞と、体で表現する台詞と、もともと台詞と言うシニフェに対するシニフィアンが2つあるらしい。
恐るべし。
あと、言語が300以上あるそうだ。劇団のメンツの母国語もバラバラだそうだ。
恐るべし。
ちなみに青年団がこの夏インドネシアで公演を打つ。俺もついてく。超楽しみ。
一人演出部でインドネシアに演劇で行ってる人が居るのでその人と話すのも楽しみだ。

実は質問したかったんだが、隣の隣が三条会の関さんだったので恥ずかしくてやめた。
関さんには、ロビーで挨拶をする。憶えててくれた。良かった。
憶えてもらってる自信が無くて会場では挨拶できなかったので。

聞きたかったのは、
字幕が付いてる台詞と付いていない台詞があって、
それは声に出す(言葉の意味で伝える)台詞には字幕が付いていたということなんだろうけども。
ではその台詞を、海外でやる場合やはり字幕を出さなくてはいけなくて、本来の手法ではなくなってしまうわけだが、それは創作段階で計算して創っているのか、海外公演での別の効果として考えているのか、とか。
まずオリザさんに聞くか。

6月のク・ナウカとガラシの共作は、何があっても観ないとな。

あー、まぁあれだな、結局「別」をやって、考え方がその辺でうろちょろしてんだな、俺。

あとひとつだけ、今日の芝居での映像の使い方も素晴らしかった。
映像と、影、とか。
映像に人で影を作って、映像と影が上手い事いっていて、それだけでも、うおー、とおもってたら、さらにスクリーンの裏にバンドがいて、そいつらの影も裏からスクリーンに映る、とか、最高。完全につかまれた。

しつこいが、感動した。
ちなみに途中で寝そうにもなった。そんなもんだ。




すっげぇ、垂れ流し(笑)
でもここまで語るJNSKをそういえば稽古場でもみたことなかったなぁ。できれば語ってみたかったなぁ。
垂れ流れてる(変な言葉)けど言ってることはでもとてもわかるっす。近い感情を常に「日本」には持っているので。
今度機会あったら語ってみましょう。野球でもみながら、野球の薀蓄8割で(笑)

追伸:インドネシアの一人の演出家にもよろしくね。
そして「いい演劇は眠くなる」という説あります。心地よくなるんだろうね。
さらに!今こんなこと書いている場合ではない。「頭の中の消しゴム」が自分の意思と無関係にどんどんセリフを消していってる・・・・
【2006/04/26 10:29】 URL | N #2847oxKs[ 編集]















管理者にだけ表示を許可する



| HOME |

Design by mi104c.
Copyright © 2017 JNSK OFFICIAL DIARY, All rights reserved.



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。