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10/30
二騎の会稽古。
今日は三条会の稽古が休みなので、昼から夜まで二騎の会。
全体的にざっとさらう。
こちらも三条会を見習って、早めに通しをやりたい。
こまごま作って、さてそれを繋げて通してどうなるか?
という感じじゃないな。
「五月の桜」とは何か?を考えるには、まず通したいところです。

稽古では何か楽しい事ないか試しているが、まだまだ楽しい事は見つかる。
やはり演劇はまだまだ未開の金鉱だ。
もったいない。

初の夜稽古だったので、呑む。朝まで。



10/31
走り穂で寝て、起きて、アゴラに移動して、また寝る。
俺の起き待ちで稽古開始。

面白くなるんじゃないかなぁ。
とまぁ思うのは当り前すぎるけども、まぁ今んとこそれ位しかないですよ。

稽古後、春風舎へ。
西村企画「ライン」観劇&アフタートーク出演。

トークは、ハロウィンなので、扮装をしてみる。
といっても野球のユニフォーム。まったくハロウィン関係なし。
トークとかは、これくらいくだらない格好の方がいいなぁ。

芝居は、今回はオムニバス。○○○マシンの話が群を抜いて面白い。どうかと思うくらい面白かった。
前回までにあった西村演出があまり観られなかったのは残念だけども、異常に丁寧に作ってるし、やりたいことを素直に思い切りよくやっている感じが好感、その結果として観客をどう圧倒していくかを今後は見たい。
全体の水準はさすが青年団、というところでぶっちぎりで高い。
やっぱり春風舎はヤバイね。
こんな場所でこんな高水準の作品が上演されてるなんて。
個人的には「ライン」というタイトルならあの曲かけて欲しかったなー。

トークで話したことを少し。
演劇の仕事分担を絵を描くことに例えます。

絵のモデルとなるもの、が戯曲。
花瓶をモデルに絵を描くならば、花瓶が戯曲。
作家の仕事は、その花瓶を作ること。

演出家は、キャンバス、筆、絵の具などを使って絵を描く。
仮にキャンバスは劇場、美術、音響、照明、絵の具は俳優だとしても良い。

多くの作・演出家は、自分で戯曲を書く。花瓶から作る。
自分が作った花瓶だけに、どうにも花瓶を書こうとしてしまう。
この部分のくびれが上手く作れてるから、このくびれを描写したい、という欲求に負けてしまう。
白紙のキャンパスには無限の可能性が広がっているのに、とりあえずは鉛筆で花瓶の大枠をスケッチしてしまう。
演出家の仕事というのは、花瓶を描くことではなく、花瓶をモデルに何を書くかと言うことでしょう。
いくら素晴らしい花瓶を作っても、それをそのままスケッチされたものを見ても、あまり僕は面白くない。
そりゃあもの凄い花瓶といういうのもあるけども、絵よりその花瓶が凄いってなっちゃうと、その花瓶をモデルにもっと良い絵を描ける人に書いてもらえばいいだけだし。
もちろん凄い花瓶作って、凄い絵を描く人もいます。

まぁでも、好みがあるので、リアルにスケッチされた絵が好きな人もいれば花瓶をモデルに無数の便器の絵が描かれているのが好きな人もいる。
僕は花瓶を作ることには興味がないので、特にデスロックの時は、絵を描くときに、まず、何も見ない。
で、適当に絵の具で遊んでみて、書きたい絵が見えてきたら、じゃあ適当に花瓶を作ってみて、その一部分だけを拡大して絵の一部に書き込む。さらに灰皿をモデルにして書き込む、靴下をモデルにして書き込む、カレーライスをモデルにして書き込む。
出来上がった絵は、どこかの田舎の風景画のようでも、机の上には不格好な花瓶と、灰皿と、靴下と、カレーライスが乗っかっている。
どこかの田舎の情景を描きたい時に、田舎に行って描くよりも、カレーライスをモデルに描いた方が好きな絵が描けることもある。

でも演出家とは結局そういうものだと思う。
この人に、何をモデルに絵を描いて欲しいか、というところでしか勝負のしようがない。
作演出家は、花瓶自体の出来にも評価が含まれてしまっているので、モデルに対してどういうスタンスで絵を描く人なのかという事がわかりずらい。
リアルに描写するだけならば、その辺の美大生でもそこそこ描けるのと同じように、まぁ誰でもできる。
しかしまぁ世の中は、花瓶を上手く作って、その花瓶を克明に描き出したものが演劇のメインストリームのようなので、こういった考え方は、むしろ邪道のようです。
こんなに海外に迎合するのが好きな国なのに、演劇だけは、日本オリジナルを突き通している、というのも不思議なもんです。
なので、少数派の演出家という人達のことはとても好き。

トークでは、日本は作・演出家にに俳優が集まりやすいので、学生とかが演劇を始める時にそこから始まってしまうのはしょうがない、という話になったが、再び考え直すと、そんな風にしないと始められない人が演劇を始めてしまっているから、こんなにつまらないんじゃないかという気もしてきた。
誰にでも始められてしまう演劇、誰にでも打ててしまう公演、というのは、まぁでも良いところもあるんですけどね。
演劇は面白い、と心底思っていますが、面白い演劇は少ない、とも思います。別に増えなくても良いですけども、面白い演劇をやっている人達がもうちょっと報われても良いんじゃないかとはおもいます。

僕が思う理想は、せめて美術くらいの社会地位。
劇場が、美術館と同じくらいの認知のされ方をしてほしい。
若者達がこぞって劇場に来るようにはならないと思うし、現実になったとしたら、それはそれで演劇は不幸のどん底なんじゃないかという想像はたやすい。
カウントダウンTVで、芸能人や企業との癒着のある公演がどんどんランクインするだろう、面白かった公演があったらそのパクリ公演が続き、客がそこに入り続けるだろう。
この国でマスを目指すと言うことはそう言う事でしょう。お金が動かなければ人は動かない。
今yahoo映画で興行1位はクローズZEROだし、2位はHEROです。
僕は演劇にそうなって欲しいとはあまり思わない。
なので僕としては、せめて美術くらい、実際の観客数はマスでは無いけども、良い物として認知されている、くらいが良いと思うんだけどもどうだろうか。
その為に、観客はもう少し居ても良いとは思う。

まぁでも、根本は、バイト先とかで「いつTVにでるの?」的なことを言われ続けた悔しさとかで、そこだけは、多くの演劇人が共有しているはずだし、演劇を何とかしたいと思っている人は方法は違えど根底で繋がっていると信じている。
「TVに出たいワケじゃない演劇祭」とか誰かやってくれればいいのに。世の中の人はビックリするだろう、え?じゃあなんでやってるの?って。

11/1
11月になった。
3日ぶりの三条会稽古。
ヤバイ、台詞がウロウロしている。
そろそろあと1週間、引き締めて頑張ろう。

ご予約は、ホントに早めにお願いします。
そろそろ売り止めの回が出てきます。
よろしくです。




















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