ADMIN TITLE LIST
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


はい、久々に、むかっ腹。

fringeという、小劇場演劇の制作者を支援するwebサイトがありまして、そこのBLOGに最近書かれた「平日18:30開演はないだろう」という記事を読んだんだけども、どうも、「その書き方はないだろう」と思ってしまう。
小劇場では数少ない、制作面だけならず、重要な情報を発信してくれているサイトですが、まぁだからその分影響力も大きいわけです。個人サイトに書くぶんには良いけども、なんか責任もてまでは言わないけどさ、個人のページですっていわれりゃそれまでだけどさ、もうちょっと考えて欲しいなぁと思います。

平日18:30開演、まぁそりゃ社会人にしてみれば早いわな。
劇場には退出時間というものがあります、そこにもちょっと触れているにもかかわらず、この書き方では、最終的には、制作者の意識の低さが理由、というような内容にしか捉えられないのではないだろうか?
おそらく、小劇場の制作者たるものの心得を説いているのだろうけども、この記事のように、一つの劇団を責める形での書き方は、酷いと思う。
他の制作者の手本になれば、一劇団の制作者を潰すこともいとわないのだろうか。
toiは、社会人観客のことを考えてない身内の客しか考えていない制作者のやっているカンパニーだ、というイメージを打ち出すことはいとわないのだろうか。
もうちょっとケアして書くべきだと思います。

toiが、どういう経緯で18:30開演にしたのかはわかりませんが、もしかしたら苦渋の決断で18:00開演から18:30開演にずらしたのかもしれない、他2劇団が土日公演なのに対して、平日2日間のみしか公演できないという状況だし、基本的に、楽日19:00開演、というのは、どんなにお客さんのことを考えたって、厳しいことは、関係者なら周知のことかと思います。
トラムの退出のシステムのことはわかりませんが、退出時間、は守らなくてはいけません。

通常、平日が楽日の場合、まぁ遅くても18:00開演、マチネ終わりの場合も多いです。
理由は、退出時間があるためです。
制作側も、この日は、サラリーマンではなく、平日の夕方でも時間が取れる人、が来てくれればという考えだと思います、それは悪くないでしょう。実際結構お客さんくるし。他の日に社会人が来られる時間を設定しているわけですから。
もし、全ステージ18:30だったら、まぁそれはどうかと思いますけども…。

さて、で今回のtoiがどうだったかというと、

27火 19:30開演
28水 14:00開演 18:30開演

となっています。

まずは、ネクストジェネレーションでこの日程ないだろって突っ込みがあるかと思うけど、なぜ、火水?

基本的に、劇場の退館時間というのは、22:00くらいに設定されている場合が多く、なので通常は昼公演にお客さんが来やすい、日曜を楽日に設定します。
たまに月曜終わりもありますが、それは前述したとおりの理由でしょう。

なので、劇場のシステムとして、平日19:00開演で楽日、という事が出来ない、実現する前提で色々設定されていないのです。
ちなみに、前回のtoiの楽日に追加公演を出せたのは、平日楽日でも退出時間の融通がきくアゴラ劇場だったからだと思いますけども。

そして、平日二日間で3ステージです。そのうち1ステージしか社会人が見れない、という事ですが、それ少ないか?というか、この日程でそこ問題にするほどの事か?というのがどうも腑に落ちない。
まずこれはtoiの公演です。メンバーの年齢を考えても、今回の公演でそこまで社会人客を最優先すべきだと声高に叫ぶ必要はないと思います。それはそれで大事なことですが、前述した諸々を考えると、今回はまぁしょうがなかったんじゃないかと類推することは容易い気がするんだけども。

なんか、今まで言いたくて、ちょうど良いきっかけにtoiが使われてる気がします。

あと、シベ少とのかぶりに関しては、もうちょっと絶句しました。

ただし、この発想は2002年のシベリア少女鉄道『耳をすませば』と同じじゃないかな。変わったことをやろうとする演出家は、シベ少が過去やってきたことに気をつけたほうがいいかも知れません。

「耳をすませば」は、たしか、二つの芝居を順番に見せて、その二つを同時に上演すると、ある歌の歌詞になっている、という作品だったと思います。
まぁかぶってるっちゃかぶってるわな。ん?そんなにかぶってる?
かぶってたとしても、それで「反復かつ連続」の感動無くなるんだっけ?
家族、だとか、孤独、だとか、愛、だとか、時間、だとかを描いた作品だと思うんだけども、方法論は似ていたとしても(多分そんな似てない)、描いているものちがい過ぎない?
そちらこそ、シベ少しか知らないんじゃないの?(そんな事無いのはわかってますが)

ただし、た、だ、し、まず、「変わったことやろうとする演出家」ってなんだ?!
演出家は、変わったことやってやろう、うっしっし、とおもって作品作ってるとおもってる、というのが常識、でしょ?ね?みんなそうだよね?他の人がやってないことをさがしてやらなきゃ、ほかと、かぶったら一大事だ!自分だけのオリジナルの変わったことを!そう、そんな演出家が沢山いるのさ!ビバ!小劇場!
まぁ演出家に対する、思い切った暴言ですね。

まぁ挙足だけどさぁ、そんな事いうなら言っちゃうとさぁ、シベ少の「耳をすませば」は、オリジナルだと思いますが、今まで、全く誰もやっていないという前提はどこから?
2000年くらいにフランス人がウィウィ言いながら上演していないという前提はどこから?
多分勧めるならばフランス演劇とかを調べさせた方が良いと思うけども。
アイデア演劇とか言っちゃうならば、フランスだろ。

普通、、もの作ってる人は、絶対のオリジナルなど存在しない、という前提で作ってる、という常識はどこへいってしまったのか?
唯一のオリジナルかもしれないものとは、俳優である。そして今という時間である。
劇場で起きことは、オリジナルであるかもしれない、その瞬間を楽しむのが演劇であろう。

もちろんパクリもあるだろうけども、では、小劇場の作家は、7年前の作品を探し出し、かぶってる作品がないか、検証してから作品を作るべくだと言うことでしょうか?
うっしっしで作ってる人はそうすべきだとおもいますけども、あぁそうか、みんなうっしっしでつくってるとおもってるんでしょう、あと、柴君のことを、「変わったことをやろうとする演出家」と言っていますが、これ言ってるよね、言ってないとは言わせない。
それこそ、日本の演劇界の狭さを露呈していると思います。

僕には、柴君は、よりよい作品を作ろうとしている演出家、としか思えないのですが、まぁそれは主観の違いなので別に良いんですけども、この記事によって、「変わったことをやろうとする演出家」が多く存在し、演劇はそういうものだと思われてしまうことに、なんの危惧も抱かないのだろうか。

まぁおそらく、柴君の事は、だとしたら俺もそうなるだろう、そういった演出家は、なんか変わったことをやってやろうと、うっしっしと作品作ってる若造、にしか見えないのだろう。残念だ。また上の世代に幻滅しました。主観が違うのはいいけども、勝手にくくるな、放っておいてくれ、邪魔すんな。

柴君と土屋さんがリンクしたりするのって面白いと思うんだけどなぁ。
全く世代も違うし、絶対柴君シベ少観てないだろうし。
だったら「その人を知らず」の学校机の方が責められて良いと思うけども(笑)うっしっし。

なぜ、今回シベ少のやってきたことに気を付けた方が良いとか発言したのか、全くわからない。これも世代の違い?
僕も良く、上の世代の人達に、君のやってる事なんて、もう全てやられてるんだよ、とか言われます。
多分調子にのってんなよ若造、という意味だと受け取っています。
残念ながら、僕はそんな事で調子に乗っていないので、「はい、そうなんですよね、全部やられてるんですよ」と答えていますが、そんな昔のこと知らない世代が、同じようなことやり始めている現象には何の面白さもないのだろうか?
僕は、自分と同じような事を、あぁ世代の違うこの人も考えたのか、とか思うと、結構楽しいんですけども。
え、あれ?もしかして、上の世代の人って、うっしっしってみんな作ってたの?だったら腑に落ちますけども、あー、そう思っちゃいますよ、ホントに、こんなんばっかだと。


まぁtoiも柴君も、身内なんだけども、まぁそれにしても、これはちょっとむかっ腹が立ちました。
まぁまだまだ言い足りませんが、飲み会があるので出かけます。チャオ~



















管理者にだけ表示を許可する



| HOME |

Design by mi104c.
Copyright © 2017 JNSK OFFICIAL DIARY, All rights reserved.



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。