FC2ブログ
ADMIN TITLE LIST
12/22木
前日矢宅で寝まくったのだが、やはり夜中働くと眠いは眠い。
帰宅し、3時間ほど寝てキラリ☆ふじみへ。
駅からのバスが時間帯によっては1時間に1本とかになるので、5分寝坊すると駅からタクシー決定とかになる。
まぁ実際5分以上寝坊したんだけど、ので、駅からタクシー。
まぁ、朝(昼)の睡眠15分間820円なら安いもんだ。
安いのか?

本日の催しは、子ども会のクリスマス会。
内容は、映画(「マダガスカル」)の上映会。
マイクを1本セットし、スクリーンを吊って、プロジェクターの調整をして、終わり。
あとはブースから映画を見ていた。
そして明日の準備をして、終了。
マルチホールはその後催し物がないため、勤務終了。
早い、17:30。
思い立ってそのままアトリエ春風舎へ。
「北限の猿」Bチーム観劇。面白かった。
特に新人の男の俳優は、初の平田演出でいいポジショニングを取れていたんじゃないかな。
同期の俳優が、さすがに新人が入ると先輩に見えて不思議な感じ。
当たり前か。じゃないと困る。

打上げ。3月に出演してもらう俳優さんがちらほら居た。
なんとなく照れくさいもんだ。
基本的にオファーするのは、告白するのに近いものがあるので、出演が決まると、それはそれでなんとなく照れくさい。
まぁ最初だけだけど。そこもまた恋愛みたいですな。

翌日も朝っぱらからふじみ勤務の為、再びふじみへ戻り、社宅?泊。
やはり寒いは寒い。一人で飲みなおし、寝る。


12/23金
8時半よりキラリ☆ふじみ出勤。
なんか自分ちよりちゃんと寝れる気がする。風呂とかか?
布団か?まぁ自分ちに問題があるんだろう。

本日の催しは、ソシアルダンスパーティー。
しかし、今日のパーティーはいつもと違った。
まず、若者が居る。
おそらく年は俺とそんな変わんない。学生の頃からやってて社会人になっても趣味で続けている、という雰囲気。
さすがに上手い。

そして、先生がメチャクチャ上手い。
パーティーなんだが、皆で踊る以外に、その若者達や、先生の発表もある。
調べたら、先生は結構すごい人っぽかった。アマで全日本チャンピオンとかになっている。
いやー魅入っちゃったね。いいね、ダンス。

途中、初心者への講習会もあったんだが、それもまた、先生が教えるのがスゲー上手い。
照明のIさんと唸りながら見る。
これは講習受けたらはまる可能性あるわ。スゲーやりたかったもの。
意外とダンス好き。昔はよく(?)踊ってたなぁ。
デスロックで踊るか、なんとかして。それはやめよう、さすがに。

講習会でなんとなくシステムを理解する。社交ですわ。
通常ダンスはパフォーマンスだけども、社交ダンスはコミニュケーションの要素があるってのがとても新鮮だった。
喋らなくても仲良くなれるわけだ。
なんだろう、まぁジャムセッションとかに近いのだろう。
ある場所に、楽器もって皆であつまって、それぞれ適当にパートナーを見つけて、じゃ、ちょっと合わせましょうか、とかいってセッションして、じゃあ次は違う相手と、見たいな感じか?
まぁ音楽だと音が混ざるのであれだが、まぁそんなイメージ。

そして、社交としてダンスが普通に使われていた時代があったのは、ものすごく納得いく。
そしてダンスが上手い事が社交界では重要、というのも頷ける。
なるほどね。

そこで、先生によるダンス。ものすごい。完全にパフォーマンスとして成立している。競技ダンス。
やはり様式美のあるものは見ていて面白いな。

そしていつも通り、皆で踊ってるのをブースから見守る。
お、あの人またあの人と踊ってんな、とか。
お、この組み合わせかー、とか。

終って片付けて、今日も17:30に終了。ナイス。

帰宅し、下北とかへ行ってみる。
物欲が急に出てきて、危うく色々買いそうになる。
スニーカー。コート。なんとかガマンする。
コートは破れたやつを直そうとかでなんとかごまかす。
スニーカーは、さすがに買いそうだなー。

帰宅し、コート直しに取り掛かる。も、力尽きて寝る。
夜勤時間に起きれず、30分遅刻。

夜勤は明けて24日ということで、荷物が多い。
ヤマザキだけあって、ケーキきまくり。うざいなー。
そういえば去年の24日が初夜勤だったな。1年も続けちまった。
1月で辞めよう。なんとかなるだろ。

最近ふじみに入ることが多いんだが、音響は本職ではないのでかなり不安もあるが、職場としては気に入っている。
公共ホールとして、相当素晴らしいホールである。

そもそも公共ホールというものは、例えば、
村で皆で集まってイベントで劇を作り発表したい、とか、音楽会をみんなで開きたい、とか言う声が上がって、でもやる場所がない、さて、どうしよう。
じゃあ、みんなで利用できる建物を作ろう。
という施設なんです。
単に市営であるとか国営であるとか言う事ではなく、施設としての機能の仕方が重要なのです。

キラリ☆ふじみは、そういった意味では恐らく日本を代表する公共ホールとしての役割を果たしているのです。

そして、その村でイベントをやったりしてると、うーん、ちょっと音楽とか芝居とか興味がでてきたな、もっとやりたいな、でもどうすればいいのかな。
というところに芸術家を呼んで、技術を教えてもらい、村人達の芸術活動は更に充実したものになり、人々は、充実した日々を過ごしました、めでたしめでたし。
これも芸術家の大きな役割なわけです。地域の芸術活動に貢献する、まぁ色々還元するという感じです。
そしてそれは、自らの作品への観客の理解を深めることにつながるわけです。

といったこともいちはやくやっている劇団が青年団。まぁオリザさん。
まぁこの説明は相当はしょってるけどね。

ということで、まぁ今は僕は芸術家ではなく劇場スタッフとしてかかわっているけども、そういった場所に居るということでも色々刺激的ではあるわけです。
そういったことが実際行われている、というだけで。
芸術家と芸術と市民と劇場のあり方を考えるには最高の環境。
遠いけど。とにかく遠いけど。

あと、市民サークルの方々の活動を目の前で見るということもなかなか無いことなので、話しているのを聞いてるだけでとても良い。リアルしかないので相当楽しい。
青少年の非行防止のための説明会を寸劇交じりでやっている人々の、準備から本番、片付けまで本物を見れるわけだ、もう芝居1本書けたようなもんだ。
そもそも市民サークル、という集合体が、そうとう興味深い。
芝居にする日も恐らく近いだろう。

来年も、1月末に9日間連続ふじみ勤務というメチャクチャな予定も入った。
でも意外と充実した時間を過ごしていたりする。なかなか色々考える。眠いんだけどね。
そして芸術家としてかかわる事が出来るとこれまた良いね。
伝える技術があるかが問題だけど。
まぁまだ自分の事で手一杯ですな。あったらやりたい。

あ、そうだ、本番後、なぜ鬱になるのか、なんとなくわかった。
まぁ今日は長く書くか。

そもそも僕の場合芝居作りの動機は、
なんとなく興味があるけどまだ良くわからないもの、その構造を作劇の過程で探り、演劇という形で表現する、という所にある。
例えば前回の「本物」ですが、
観てもらった方には何となくわかってもらえると思うけども、
演劇における「虚構」「リアリティ」のあり方を、もう少し具体的に探りたかった、といのがそもそもの動機。
何を本当だと思うのか、という所です。
のでまぁあの題材で、あの作りだった訳です。メタにメタをという。
まぁ個人的にメタ大好きっていうのもあるけど。

ちなみに言ってしまうと、実は1週目と2週目で、ほぼ全く違う芝居をやりました。
まぁそれは当初から意図していたものではないんだけども、
それによって明らかになった事がいくつかある。
1週目の芝居では、最後の映像の内容が、全く事実だと受け止められるような内容だったのに対して、
2週目は、どちらかわからないような可能性を残した。
そして楽日はむしろ全てが虚構に見える方向性を作ってみた。
最後の映像も全く同じ物を流し、1円玉をくっ付けるのも同じ。
初日のお客さんのほとんどが、本当に1円玉が付いたと思ったのに対して、楽日のお客さんは、糊かなんかでくっ付けていると思ったと思います。
初日の打上げでは大半の人が1円玉を本気でつけようとしていた(まぁその図がすごいけど、どんな打上げだよ)のに。

1円玉が4枚付くようになってしまった完全ドキュメンタリー映像は、演劇によって簡単に虚構になってしまったわけです。
これは結構驚きました。さすが演劇。

そもそも演劇でリアルは無いと思っていて、リアリティが重要だと思っていて、まぁ僕は、リアルとは、まんま本物、逃げ場の無い、本当の事のと事で、リアリティとは、現実に還元できる事、としてます。
アニメとか、キャラメルボックスからも、リアリティを感じる事は出来るわけです、キャラメルはまぁムズイけど。
うわー本当っぽい、と言う事ではなく、例えば、これ現実にありそうだしあったら自分どうするんだろうか、という考えを喚起させるものが、リアリティと思っています。
その喚起させる為には、多少のリアルさというのが必要、という感じです。
リアリティをもつ為にはリアルが必要でもあるわけですね。

うわ、スゲー脱線。欝の話に戻ります。
で、僕はその作劇の動機を、演劇として表現する事を目的にしているわけです。
そういう作業をしているわけです。
ので、ぶっちゃけ本番終ったら、もう良いんです。
まぁ上手い事出来なかったらまた違うけども、最近はある程度満足できてるわけですね。
が、実際は、終ったあとも、色々評判とか、あるわけですよ。
自分の欲求と違う所にやはり居なくてはいけないわけで、芸術家としては居なきゃいけないんだろうけど、まぁ何だかなぁ、というのがあるんです。
昔のデスロック板にも書いたけども、別に人々を感動させたいとか、面白いと思って欲しいとか、極端な話自分の表現した物の効果というか結果は、そんなに興味が無いんですね。
もう終っちゃってるから。
だがしかし、気になるんですよ、すごく。当たり前だけど、面白かったのかなー、とか、俺だけかなーとか。
それが原因。多分。
あと単純に演劇は終ってしまうから。
自分の満足いく表現が、終ってしまうんですね。
まぁ当たり前だけど。演劇やってる時点で何言ってんだというとこですけど。
いや、でも終る事は全然納得というか、良いんだけども、だからといって終った事にへっちゃらでは居られない訳です。
それとこれとは別。好きだからといってへこまない訳ではないです。
凹んでも好きだからやってる訳です。だから凹みはする。

まぁ良くわからない説明だけども、多分こういうことだと思います。

創作日誌書きたいんだけどな、忘れないうちに。

すいません。劇場スタッフも芸術家ですね。
僕は音響屋としてはまだ芸術家とは言えないって事です。
富士見で働いてる時にふと気付きました。
失礼しました。




















管理者にだけ表示を許可する



| HOME |

Design by mi104c.
Copyright © 2021 JNSK OFFICIAL DIARY, All rights reserved.